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仙台高等裁判所 昭和54年(行ケ)2号 判決 1980年10月03日

主文

昭和五四年四月二二日執行の青森県上北郡下田町議会議員一般選挙における当選の効力に関する審査請求に対し、被告が同年七月二七日になした裁決はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  申立

原告は主文と同旨の判決を求め、被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二  主張

一  請求原因

1  原告は昭和五四年四月二二日を選挙期日として行われた青森県上北郡下田町議会議員選挙(以下「本件選挙」という)の選挙人である。

2  右選挙の選挙会において、候補者訴外横向竹次郎は二三一票の得票で最下位当選、同角政蔵は二二九票の得票で次点落選と決定された。

3  同年四月二八日右選挙の選挙人である訴外坂本政美らが右横向竹次郎の当選の効力に関し同町選挙管理委員会に対し異議申出をしたところ、同委員会は同年五月二八日、本件選挙につき選挙会がなした決定を更正し、右選挙における当選人横向竹次郎の当選を無効とする旨の決定をした。

そこで同年六月一一日原告ほか九名の者は右決定を不服として被告に対し審査申立をしたところ、被告は同年七月二七日審査申立棄却の裁決をなし、同年八月九日その告示をした。

4  右裁決理由の要旨は「下田町選挙管理委員会が無効投票としたものの中に「タケ」と記載された投票が一五票、「たげ」と記載された投票が一票それぞれ存在するが、これらは候補者の何人を記載したかを確認し難いもの(公職選挙法六八条七号)に該当し、これを無効投票とした原決定は相当である。」というのである。

5  しかしながら投票の効力の判定にあたつては、当該選挙当時の諸般の事情等を基準にして合理的に推論し、投票の記載から選挙人の意思が判断可能なときはできるだけ有効な投票とすべきものであつて、被告がなした裁決には同法六七条および同法六八条の二の解釈を誤つた違法がある。

すなわち、本件選挙の立候補者のうち氏名に「たけ」の音を有していたのは右横向竹次郎のほかに袴田健義、成田武雄の二名があつたが、横向竹次郎は自己が下田部落民一般に「タケ」の呼称で知れわたつていると考え、選挙用ポスターに「横向竹次郎(タケ)」と記載して選挙運動を行い(ちなみに右袴田候補は「袴田健義(タケヨシ)」、成田候補は「成田武雄(ナリタ)」と選挙用ポスターに記載していた)、選挙人に対し投票用紙に「タケ」と記載すれば横向竹次郎に対する投票となるものとの理解を与えていたのであるから、「タケ」と記載された一五票およびこれと類似する「たげ」と記載された一票は候補者の何びとを指すか全く判断し難い投票ではなく、横向竹次郎に対する有効投票としてその得票中に組入れるべきものであり、そのように解するかぎり横向の得票は二四七票となるから優に当選したのである。

仮に右一六票全部を横向竹次郎の得票中に組入れるのが相当でないとしても、これらは横向竹次郎、袴田健義、成田武雄の他の有効得票数に応じて按分加算すべきものであり(最高裁判所大法廷昭和三五年一二月一四日判決民集一四巻一四号三〇三七頁参照)、前記の一六票を除く右三名の得票はそれぞれ右の順序で二三一票、二八九票、二四三票であるから、一六票を按分加算すると横向竹次郎の得票は二三五・八票となり被告により得票数二三一票と判定された訴外角政蔵の得票数を上廻り、この場合も横向竹次郎の当選は動かない。

よつて被告のなした前記裁決の取消を求める。

二  被告の答弁と主張

1  請求原因1ないし4の各事実は認める。同5の「タケ」および「たげ」と記載された合計一六票の投票が有効であるとの主張は争う。

2  最高裁判所昭和三七年一二月一五日判決(民集一六巻一二号二五二四頁)は、(1)候補者に鳥山庄次郎と扇谷酉之助がいる場合の「トリ」と記載された投票を無効投票と判示し、(2)同第三小法廷昭和五二年七月一二日判決(同年(行ツ)第五八号事件)は、候補者西塚文俊と同西村清二がある場合の「ニシ」と記載された投票を無効とした原判決(仙台高等裁判所秋田支部昭和五二年二月二八日判決)を是認している。本件はこれらと同一の事案であるから、前記「タケ」および「たげ」と記載された一六票は無効な投票である。

3  本件の候補者横向竹次郎が一部の者から「タケ」と呼ばれているのは事実であるが、氏名に代る通称とは認め難い。他の候補者である袴田健義、同成田武雄も横向竹次郎と同様に親しい者などから「タケ」、「タケさん」「タケちやん」と呼ばれており、これらの呼称はわが国における一般的な人の呼び方からして当然のことである。

4  原告は横向竹次郎の選挙ポスターに「タケ」と記載したことを前記投票を有効とすべき根拠にしているが、これは理由のない主張である。すなわち、

(イ) 同候補者は「タケ」なる名を戸籍上の氏名に代えて使用されるべき通称として申請し、選挙長の認定(公職選挙法施行令八八条六項)を受けていないから、右ポスターの記載は、選挙長または下田町選挙管理委員会とは無関係に、候補者の自由な選挙運動の一態様として行われたものにすぎない。

(ロ) 選挙運動用ポスターは枚数や大きさに規制が加えられているが、記載内容には制限がなく、候補者の氏名の一部をかなで記載するのも、写真の掲載や政策もしくはスローガンの記載と同様、候補者の氏名を選挙人に知らしめるための一手段として候補者の自由に委ねられているだけのことである。

(ハ) ポスター掲示による選挙運動は、各種の運動の中の一つにすぎず、その数が五〇〇枚に制限されていることと相俟つて、その効果に多くを期待することはできない性質のものである。

(ニ) 本件選挙において他にも氏名中に「タケ」なる音を有する候補者がいたのであるから、「タケ」のみで他と区別して自己を特定することはできず、したがつて「タケ」のみの記載もしくは呼称によつて選挙運動をすることは常識上考えられないところである。現に横向竹次郎もそのポスターの氏名の右横に添書として「タケ」と記載していたのにすぎず、独立の選挙運動方法として「タケ」なる呼称を選挙人に訴えていたのではない。

(ホ) 右の如く候補者中にも他に「タケ」と呼ばれる者がいたほか、横向竹次郎の所属する木村部落にも他に「タケ」と呼ばれる者が現存し、そのため同部落内においてすら横向竹次郎を正確に特定するには屋号を付して「ヨゴジヤのタケ」と言わなければならなかつたのである。このような事情であつたから、単に「タケ」としてのみ選挙人に訴えても横向竹次郎を特定することにならず、また選挙人において「タケ」とのみ記載して投票しても候補者横向竹次郎の有効得票とならないことが当然予想されたのである。

以上の理由により、候補者横向竹次郎がその選挙運動用ポスターの氏名の記載に「タケ」と添書をしたからといつて、同人の通称が「タケ」であると認められるものではなく、また「タケ」と記載された投票が同人に対する有効投票であると判定されるべきものではない。

第三  証拠(省略)

理由

一  請求原因1ないし4の各事実は当事者間に争いがない。そして成立に争いのない甲第五号証(裁決書)、同乙第一号証(青森県報)によれば、訴外坂本政美らの異議申立により下田町選挙管理委員会が横向竹次郎の当選を無効とした理由は、当初無効投票とされた二票が訴外角政蔵に対する有効投票と判定され、同人と横向竹次郎の得票数が同じ二三一票になつたためであること、原告らが右下田町選挙管理委員会の決定に対して被告に審査申立をしたのは、角政蔵の得票数更正を不当とするとともに、同じく無効投票とされたもののうち「タケ」と記載されている一五票および「たげ」と記載されている一票は、横向竹次郎に対する有効投票と認められるべきであるとするにあること、がそれぞれ認められる。

二  成立に争いのない甲第一ないし第三号証(選挙運動用ポスター)、同甲第四号証(「候補者別参考資料」と題する書面)、同乙第二号証(選挙録)、同乙第三号証の一ないし三(選挙候補者届)、証人北向堅之助、同丸山旭、同桜橋博、同法昊崎一郎、同成田元次郎、同沢頭熊次郎、同工藤隆幸、同前川原俊雄の各証言および原告本人尋問の結果を総合すれば、以下の各事実を認めることができる。

1  青森県上北郡下田町には約二〇の部落があり、字名で小分けにすると約五〇の字を町内に有している。本件選挙に立候補した横向竹次郎は同町の通称本村部落の旧家(屋号「ヨゴジヤ」)に生れ、本件選挙時まで同部落内に居住していた。同人は大正三年四月一二日生(当時六五才)であり農業を営んでいたが、民生委員、行政連絡員、社会福祉委員等の役職にも就いていたため、同部落内ではもとより、下田町の中でも比較的名が通つていた。青年期に仲間から「タケ」と呼びかけられていたこともあつて、現在でも同年輩の極く親しい者はそのように呼びかけ、或いは右の者同士や前記役職を同じくする者が同人のことを話題にする折に「タケ」と指称する場合も多かつた。

2  同人が下田町町議会議員選挙に立候補したのは本件選挙が最初であり、この決意をしたとき既に訴外袴田健義、同成田武雄の両名が立候補の予定でいることが伝えられており、両名とも名に「タケ」の音を有しているため、選挙運動用ポスターの氏名に付する振りがなについて電話で問合わせたところ、袴田は「タケヨシ」とし、成田は「ナリタ」とするとの回答を得た。そこで横向は「横向竹次郎(タケ)」と記載したポスターを作成し、本件選挙の選挙運動のために使用した。成田のポスターには「成田武雄(ナリタ)」、袴田のそれには漢字縦書の氏名の下に横書で「タケヨシ」と記載されていた。以上三名のほかには氏名に「たけ」の音を有する候補者はなかつた。

3  選挙人の中には横向竹次郎の右ポスターを見て、同候補者に投票するには単に「タケ」と記載すれば足りると考えた者もあつた。なお同候補者は「タケ」を本名に代わる呼称として使用する旨の公職選挙法施行令八八条六項に基づく申請はしていなかつた。

4  下田町選挙管理委員会においては、本件選挙の開票に先き立ち、各候補者に対する投票の有効無効を判定する基準として、当該候補者の屋号や氏名の一部を記載したものでも、他の候補者と混同誤認を生ずるおそれのないものは当該候補者の有効投票とし、そうでないものは無効投票とすることと定め、横向竹次郎については「ヨコタケ、竹、竹次、ヨゴジヤ」、袴田健義については「ハカタケ、健」、成田武雄については「ナリタケ、武」をいずれも有効とするが、「タケ」は右三者のいずれを記載したかを確認し難いものとして無効とする旨を例示し、選挙会の開票における得票数の算定はこれに従つて行われた。その結果、「タケ」と記載された一五票、「たげ」と記載された一票は、いずれも無効として処理された。なお候補者角政蔵につき「角敬三」、「スミヤンジヨウ」と記載された投票は当初無効投票とされたが、前認定のとおり訴外坂本政美らの異議申立により、これを右候補者に対する有効投票とすることに更正された。

以上のとおり認められ、他に右認定左右すべき証拠はない。

三  そこで「タケ」「たげ」と記載された投票が公職選挙法(以下同法については「法」という)六八条七号にいう「公職の候補者の何人を記載したかを確認し難いもの」に当るか否かを検討する。

投票用紙には、当該選挙の公職の候補者一名の氏名を自書すべきものであるが(法四六条)、氏又は名のみを記載した投票も公職の候補者の何人を記載したかを確認できるかぎり、有効と解すべきものであるし、漢字の氏名をかな文字で表記した場合も同様である。また氏もしくは名の一部のみを記載した場合も、他の候補者への投票と混同誤認を生ずるおそれがなく、選挙人の意思が当該候補者へ投票するにあることが明白であるかぎりは、その投票を有効としなければならない(法六七条)。現に本件選挙においても「竹」と記載したものは横向の、「健」と記載したものは袴田の、「武」と記載したものは成田の、各有効投票とされた筈であり、それらの処置はいずれも正当である。

本件選挙の候補者横向竹次郎が「タケ」という通称によつて周知されており、下田町において「タケ」と言えば同人を指称することが殆ど疑いのない程度であるとするならば「タケ」「たけ」「たげ」の記載による投票は選挙人の意思が横向へ投票するにあることが明白であると言えるから、同人に対する投票として有効となしうるであろう。証人北向堅之助、丸山旭、桜橋博、法昊崎一郎の各証言および原告本人の供述中には、横向竹次郎の通称「タケ」は下田町のほとんど全部落に通用していたとの趣旨の部分があるが、これらも「タケ」という呼称が何時、いかなる場合にも横向竹次郎を特定指称するとする程強いものであるとするものではないし、却つて証人沢頭熊次郎、工藤隆幸、前川原俊雄の各証言によれば、下田町には他に「タケ」の通称を有する者が数人おり、「タケ」という名の婦人もあるほか、本件選挙の候補者である成田武雄も「精米所のタケ」と呼ばれており、横向竹次郎も通称で呼ばれるときは「ヨゴジヤのタケ」と呼ばれることが多いことが認められるのであつて、袴田健義も「たけよし」である以上「タケ」と呼称されうることは経験則上明らかであるから、「タケ」「たげ」と記載した投票が、それ自体により当該選挙人の横向竹次郎へ投票する意思を明白に示すものとすることはできない。しかしながら、前認定のとおり横向竹次郎は、他の候補者袴田健義、成田武雄との呼称上の区別を意識しつつ選挙運動用ポスターに「横向竹次郎(タケ)」と記載して選挙運動を行つたものであり、袴田および成田と混同しないとの認識のもとに、投票において「タケ」と記載するよう鋭意宣伝したものと推認され、選挙会において同人に対する有効投票と認められた二三一票のほか、その六パーセントを超える「タケ」と記載した投票(なお、これらが「たけ」というひらがなではなしに、右のとおりカタカナで記載されていることにも留意しておく必要がある)が現われたことは右選挙運動の効果によるものと認めてよい。

もとより横向竹次郎が本件選挙につき戸籍簿に記載された氏名(本名)に代えて通称「タケ」を用いることにつき公職選挙法施行令八八条七項八項による届出および認定の手続を経ていないことは前記のとおりであるが、これらの手続を経たことの有無と、通称による投票を当該候補者への有効投票と見うるか否かとは別個の問題である。したがつて、以上説示したところからすれば「タケ」と記載された一五票は横向竹次郎に対する投票である可能性が大きいことになるが、これらの全部を横向竹次郎ひとりの投票として計算することには疑いが残る。すなわち、「タケ」の記載による投票が袴田健義、成田武雄へ投票する意思でなされたものを含まないと断ずる理由はないし、氏又は名の一部のみをカナで表記し、これによつて当該候補者の特定を印象づける選挙運動が行われた場合、この表記のとおりに記載してなされた投票を当該候補者の有効投票と認めるならば、同じ表記が通ずる他の候補者に投票する意思でなされた投票を不当に取り込む結果ともなり、また、当初からこのことを予期する不当な選挙運動を助長することにもなり兼ねないからである。

しかしながら「タケ」と記載された投票(計一五票)は横向、袴田、成田の三者のいずれかへ投票する意思でなされたものと認めるのが相当であるから有効な投票であるが、横向竹次郎ひとりの得票とすることが不当である以上、法六八条の二に従つて同人のほか袴田健義および成田武雄の三名のその他の有効得票数に応じて按分加算すべきものである。かく解してこそ「タケ」と記載して投票した選挙人の意思に沿うものと考えられる。

そして、以上の理は「たげ」と記載された一票についても同様に妥当すると解されるから、右按分加算の対象となる投票は合計一六票である。

前掲乙第二号証によると、袴田健義、成田武雄、横向竹次郎のその他の有効得票数は、それぞれ右の順序で二九八票、二四二票、二三一票であることが認められるから、右一六票をこの割合で按分加算すると、横向竹次郎の得票は二三五・八票となつて、被告により最終得票数二三一票と判定された訴外角政蔵を上廻ることになるから、選挙長がくじで定める手続(法九五条二項)を経ることなしに、横向竹次郎は本件選挙の当選人と決定されるべきものである。

四  よつて、右と結論を異にし、横向竹次郎の当選を無効とした下田町選挙管理委員会の決定を是認して原告らからの審申査立を棄却した被告の裁決は不当であるから、これを取消すこととし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条に従い主文のとおり判決する。

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